友人の家から、犬が姿を消した。
その犬は、小犬を生んでまもなく、伝言もないままに町のどこかに行ってしまった。
「それでさ、今度の土曜に一緒に探してくれないか」
冗談ばかり言い合う仲が、このときばかりは少し違った。日にちが経った時点で探しに行くことに、大きな期待はしていなかったようだったけれども。
とにかくお互いの都合のあった土曜日に、自転車2台、地元の町を巡回することになったのだ。
すがすがしいほどの青空で、やたらと僕は体調もよかったりして、珍しく午前中からの集合、捜索ははじまった。
いつもの町に、見知らぬ場所が点在していたことを今でもよく憶えている。
地元柄、空に飛行機が轟音をたてているのは珍しくない。その日も空にはヘリコプターがじゅんぐりとこの町を見下ろしていた。
僕はこれを勝手に解釈して、あのヘリコプターも母犬を探しているのだと考えてみた。
結局、再会はなかった。半日がかりのサイクリングは終了した。
数年が経って、友人とその日のことを思い出した席で、思わぬ展開があった。
意外にも、友人はあのときの空にヘリコプターを憶えていなかった。
「おいおい、一緒に捜索してたんだぜ」
僕は想像を押し付けながら、記憶なんてそんなものかと少しばかりがっかりした。
「それよりか、あのふたり・・・」
その日、僕らは捜索の途中で、えらく大袈裟にケンカする恋人たちを見たらしい。友人はその彼女がとても印象的だったという。
当事者であるはずの友人は、僕よりもずっと現実的になっていたのか。
とにかく町が違う空気の中にあった。不思議な緊張感で、自分の住む町を眺めると、そこにはいくつもの時間が流れていたことに気がつかされる。
別のとき、黒電話の大きなオブジェが野ざらしになっている場所を、その友人に見せたことがある。友人は急に呼び出され、あまりにくだらないオブジェを見せられたことで、僕に説教をはじめた。
「いいか。これを見せられてどうすりゃいいんだ。次を考えて行動しろよお」
(NR事務局 板垣 5/26 個人サイトもどうぞ)
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