そのコレクションから
画家レンブラントの自己成型に迫る
∧ レンブラント
《宮廷人に扮した自画像》
ロンドン、ナショナル・ギャラリー
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「人間が蒐集するのはつねにその人自身」であり、「蒐集家はコレクションの各連関項に次々と置き換わることによってのみ、その人なのである」と書いたのは、フランスの現代思想の旗手ジャン・ボードリヤールである。こうした自己成型は、おのれのアイデンティティは操作可能な人工的なプロセスによって創りあげられたもの、という自己意識の昂まりをあらわしている。レンブラントのコレクションと自画像が分かちがたく結びつくゆえんだ。
しかし、生涯に75点あまり描かれたレンブラントの自画像は、近代の芸術家の自己意識とうまく重なりあうものではない。近年の研究で明らかになってきたような一種の商品として描かれただけのものでもない。自画像をコレクションという行為と重なりあうものとみなすことによってはじめて、レンブラントの独自性が浮かびあがってくる。
つとに指摘されているように、かれのコレクションには社会的なステイタスを宣明するという側面もあった。それについてわたしは、《ダナエ》(エルミタージュ美術館)が破産時(1656年)まで手元に置かれていた事実にもとづき明らかにしている。コレクションの意義はそれだけではもちろんない。そこには新しい世界へと拡大していく17世紀オランダの世界観を映す鏡という性格もあった。レンブラントは、中国磁器やイスラムのミニアチュールばかりでなく、貝殻などの自然物まで蒐集し、おのれの芸術制作に生かしている。時代の眼をそなえた芸術家の姿がそこから立ちあがってくる。こうした意味でレンブラントは、超越的なものを呼びこもうとしたルネサンスから、関係性を基盤におく近代という時代の狭間を生きる芸術家の一典型である、ということができる。
∧ レンブラント《ダナエ》
サンクトペテルブルク エルミタージュ美術館
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本書は、レンブラントのコレクションと自画像に共通する自己成型の取り組みに焦点をあて、ラファエッロ、ティツィアーノ、デューラー、ブリューゲルなど、イタリアやネーデルラントの過去の巨匠たちや、同時代のルーベンスなどとの熾烈なまでの芸術的競争によって、新しい芸術を創造していくレンブラントの姿を描き出そうとした試みである。
(尾崎彰宏/東北大学大学院文学研究科教授)
尾崎彰宏
『レンブラントのコレクション
─自己成型への挑戦』
4月下旬配本予定
A5判上製・304頁
定価2,800円+税
ジャンル:美術・歴史
ISBN4-88303-135-7 C0071
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レンブラント《貝殻》
1650年 第一ステート
三元社 ● 今年の美術関係書 刊行予定
※すべて仮題です。
●女を描く ヨーロッパ中世末期からルネサンスの美術に見る女のイメージ
クリスタ・グレシンジャー/著 元木幸一+青野純子/訳
●付随的なもの(アネックス) 美術の枠組みに対する問いかけ
ジャン=クロード・レーベンシュテイン/著 三浦篤/監訳
●フランスのアカデミー
アルベルト・ボイム/著 森雅彦 ほか/訳
●ラオコーン
サルバトーレ・セッティス/著 芳賀京子+日向太郎/訳
〈作品とコンテクスト・シリーズ〉
●ドラクロワ《ダンテの小舟》 ルビーン/著 清瀬みさを/訳
●ベイコン《磔刑のキリスト》 ツィンマーマン/著 五十嵐賢一/訳
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