POLITICIDE
「ポリティサイド」という言葉は、政治を表すポリティックスと民族などを組織的・集団的に殺戮するジェノサイドとの合成語である。
本書の副題は「アリエル・シャロンの対パレスチナ人戦争」とあるように、シャロンのパレスチナ人ポリティサイドのプロセスを描いたものである。著者は「ポリティサイドとは、パレスチナ人の正当な社会的・政治的・経済的まとまりとしての存在を解体するプロセスのことである」と説明している。もちろんこれはシャロン批判の書であるが、同時にシャロンを軸にしてパレスチナ・イスラエル紛争史を描くことによって、イスラエル社会の矛盾の展開史ともなっている点が興味深い。
日本におけるパレスチナ問題の紹介は、パレスチナ人受難の現実の列挙に終始し、イスラエルは単なる「悪」「加害者」という単体的認識にとどまっているようだが、本書は多様なイスラエルの内部矛盾に視点をおいてパレスチナ問題にアプローチしている。実際イスラエルの変革なしにこの問題の解決はあり得ないことを思うと、このアプローチはもっと深められてよいと思うし、先走って言うと、国連などの二国並存解決案を越える解決法を示唆するものと考えられる。ただし本書著者がそういうビジョンをもっているというわけではない。
最近シャロンは「ガザ撤退」案を掲げて、それまで子飼いにしてきた右翼・宗教的原理主義・入植者勢力と対立、それを労働党、ピース・ナウ、メレツなど左派和平勢力が支持して平和集会を開くなど、奇妙な現象が生じている。
しかしシャロンの「撤退案」は拡張・統合計画の一部にすぎないし、イスラエル国民の紛争疲れや国際社会のイスラエル批判を敏感に先取りして、左派平和勢力のアジェンダをハイジャックしただけのことだ。おかげでブッシュ米大統領から、パレスチナ難民の帰還権の否定、グリーンラインまで撤退しなくてよい、分離壁建設を理解する、西岸地区入植地拡大支持のお墨付きをもらった。
本書ではこういう抜け目のない戦術家シャロンの姿が彼を取り巻く状況を背景に見事に描かれている。数々の戦争犯罪へのかかわりで上層部から危険人物視されながら、時の権力者や勢力を結びつきながら出世し、ついには首相の地位になった男シャロン、そういう男を首相に選んだイスラエル社会の矛盾が、時間系列に沿って記述されている。同時にそれへの対抗勢力「非暴力市民ゲリラ」運動を紹介し、終末論的シャロン世界に対する「希望」として対置。
よく、シャロンには戦術があるが長期的戦略がない、と言われる。本書からもシャロンの最終的解決像は何かは見えてこない。見えるのは、「政治のすべて、対外政策も国内政策も、唯一の目的、即ちパレスチナ人のポリティサイドに向けられた」ことだけである。[脇浜義明/訳者]
●イスラエル/パレスチナ問題を考える
今回発行する『ポリティサイド』で明らかなように、イスラエル・シャロン政権の方針は、「パレスチナ人の社会的、政治的、経済的存在を解体する」ものである。それは極めて悪質な政治・軍事方針である。2002年から今年まで、シオニズムの歴史と非シオニズムの流れ『エルヴィス・イン・エルサレム』、『民族共生国家への挑戦』と、イスラエル人とパレスチナ人の交流と共生の運動『イスラエル/パレスチナの女たちは語る』を発刊し、読者の方にこの問題の再検討の出発点になればと考えています。[柘植書房新社編集部]
【2004 緊急選書】深刻化するパレスチナ/イスラエル情勢をどう考えるか?