突然「飛び地」と言われても、いったい何のことだか分からないが、世界地図を眺めていて、「なんで本土とつながっていないのに同じ国なんだろう?」と不思議な気分になってくる領土、それが「飛び地」。代表的な例で言えば、アラスカ、カリーニングラード、西ベルリン、ガザ、九龍城砦、ジブラルタルなど。本土から、その飛び地に行くためには一旦別の国を通らないといけないという事態は、国境を接した国がない日本人にとってはなかなかイメージしにくい。
しかし例えばの話で、戦後処理がうまくいかなくて、ソウルの元日本人街ミョンドン(明洞)が、「明治町」として、そのままポツンと韓国領内に日本の飛び地として残ったままだとしたらと勝手に想像してみよう。いったいその街はどういう雰囲気なのだろう? 周りの韓国人とはうまくやっていけているのだろうか? 日本との行き来はどうするのだろう? それでもやっぱり羽田〜金浦ではなく成田〜仁川しか使えないのかな? だとしたらソウル市内に足を踏み入れるたびに国境検問所でパスポートを提示しなければならないのか? 逆に交流が盛んで色々な面でコリアンテイストが混ざった日本の街だったりしたら、それもそれで絶妙な雰囲気を醸し出して、観光スポットになっているかもしれない?! 朝鮮戦争が再び勃発し、北朝鮮が韓国に攻め込んできて「明治町」に駆け込んで日本に亡命を求める「脱南者」が殺到したりして?!! などなど、色々不届きな妄想まで膨らんでしまう。
社会評論社からこのたび、刊行された吉田一郎氏による『世界飛び地大全』は、実際にこのような複雑な事情を抱えた世界中の飛び地を完全に収録した、執念の集大成。吉田氏の飛び地に対する異常とも思える執着心と、某諜報機関か国際シンクタンク勤務の研究員なのかと思ってしまうほどのリサーチ能力には圧倒されてしまう。しかし、世界史や地理、国際関係学の観点から、なぜそうした飛び地が飛び地になってしまったのか、ならざるを得なかったのかを、元新聞記者+編集長ならではの三面記事風の文体でオモシロおかしく説き明かしている。
しかもさすがに様々な事情を抱える飛び地だけあって、文系オタクでなくても思わず「ねー、これ見て! 見て!」と隣にいる人に強引に見せたくなってしまうほど、マヌケな輪郭をした飛び地がほとんど。「なんであなた、そんなとこにいるの?(ジブラルタル=スペインにあるイギリス領)」「ちょっとおたく、はみ出して別の大陸に侵入しちゃってるよ(セウタ=モロッコにあるスペイン領)」「飛び地の中にさらに飛び地があって、ドーナツ化現象飛び地だ!(マダ&ナワ=オマーン領とアラブ首長国連邦領)」「えっ? 地続きじゃないのに昔は同じ国だったの?(エジプトとシリア、パキスタンとバングラデシュ」「周囲一帯に「飛び地」りまくってクッキーの粉がこぼれたみたい(フェルガナ盆地=インド領とバングラデシュ領)」と、失礼ながら、その国境線では納得できません、のオンパレード。しかし笑えるだけではない。ヨルダン川西岸とガザの行き来の困難さ、実質上パレスチナ領内に入植しまくっているイスラエル領土や、資本主義のショーウィンドウとして共産圏の中、陸の孤島の様に存在した西ベルリン、目と鼻の先の場所にある敵国キューバに存在するアメリカのグアンタナモ基地など、飛び地ならではの国際政治の矛盾、悲劇をも浮き彫りにしている。
ちなみに実は、『世界飛び地大全』の後半は、島の分際でなぜか国境線が敷かれて二国に別れてしまっている島、例えばハイチとドミニカ共和国で分割されたエスパニョーラ島や、異常にヒョロヒョロと細長く変な形で延びてしまっていて、意外な国同士が隣国だったのか!と新発見の「回廊」、例えばアフガニスタンの東端の中国と接したワハン回廊なども扱っていて、飛び地だけでなく、副題にもあるとおり世界中の「不思議な国境線の舞台裏」がひととおり覗ける。また、オランダの旧米軍基地にあったスコットランド領など、キワモノ飛び地も収録。
そして、今は無き国、例えば東ドイツ、ソ連、シッキム等のメジャーどころからアルティボニット共和国やルウェンズルル王国など、聞いたこともない国が、なぜ消滅してしまったかは、吉田一郎氏による期待の次回作、国際地理BOOKS
Vol.2『消滅した国々』を読めば分かる。(社会評論社:濱崎誉史朗)
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