自閉症の「発見」と人間存在の原点
　　　　　　　　　　　　　　　　　精神科医　高岡 健

自閉症論の原点
　高岡 健／著
四六判上製　定価1,800円＋税
ISBN978-4-87672-225-9
雲母書房

　自閉症ブームとでもいうべき状況が続いている。その背景には、ふたつの誤認が存在する。ひとつは、自閉症を含む種々の発達障害が、少年事件を惹起するのではないかという誤認だ。もうひとつは、学校教育における混乱の少なくとも一部は、自閉症などの障害に起因するのではないかというものだ。いずれも、悪意に基づいた誤認といってよい。他方で、映画やテレビドラマには、自閉症を有する人々の純真さと特異な才能を賞賛する作品が、散見されるようになった。いわば、善意からの賞賛だ。

　出版界も例外ではない。自閉症に関する書籍や特集雑誌が、数え切れないほど多く刊行されている。しかし、それらの出版物のほとんどは、先に記した誤認ないし賞賛のうちの、いずれかに分類されるといっても過言ではない。このような状況が、自閉症者と定型発達者（いわゆる「健常」者）との間に、超えることの出来ない分断線を引くことは、火を見るよりも明らかだろう。

　かねてから、私は、この分断線を超えたいと願ってきた。もちろん、善意や賞賛のためにではない。果たして自閉症は障害なのかという疑問を、常に抱いてきたからだ。次のように言い換えることも出来る。自閉症こそが人間存在の原点を照射しているのであり、「正常」に発達を遂げる過程は、むしろ原点からの逸脱として位置づけられるべきではないか。そう考えることが出来るなら、自閉症者と定型発達者との間の分断線は消え去ることになる。ただ、原点の近傍に位置する自閉症者と、原点から遠ざかり大切な何ものかを失っていく定型発達者という、相対的な違いが残るだけだ。

　私は、自閉症の精神政治学と精神現象学という二つの視点から、分断線を超えるという主題への接近を試みようとした。

　まず、第二次世界大戦中の米国における自閉症の「発見」は、社会的に有用とは認められない「精神薄弱」者から有用とみなしうる人間を、峻別しようとするところにモチーフがあった。その後、サービス・技術・専門産業の時代を迎えたアッパーミドルクラスの親たちは、新しくアスペルガー症候群や高機能自閉症と名づけられた子どもの、社会内処遇を公的に要求するようになっていった。これらが日本へと輸入される過程で、いったい何が生じたかそれを解明していくことが、自閉症の精神政治学だ。

　また、有名なアヴェロンの野生児研究は、フランス革命によってもたらされた啓蒙の世紀が解こうとして解きえなかった、人間存在の原点とは何かという問いを提起するものだった。この提起から出発して、私は、吉本隆明の心的現象論やヘーゲルの精神哲学、そして自閉症の女性ドナ・ウィリアムズの自伝からレフ・トルストイの民話集までをも援用しながら、自閉症の本質を追求していこうとしたそのときに浮上する内容が、自閉症の精神現象学だ。

　以上のような視点を持って、このたび脱稿にこぎつけた『自閉症論の原点』は、おそらく他の自閉症論とは一線を画す内容を、多く含んでいると思う。この本は、定型発達者の存在と共同性を、相対化するものだ。そこでは、アヴェロンの野生児の行動も、ドナ・ウィリアムズの恋愛も、そしてトルストイが描いた「イワンの馬鹿」もが、新たな相貌を伴って出現してくる。

　前著『人格障害論の虚像』および『新しいうつ病論』において、私は輸入精神医学を批判しつつ、歴史的視点および精神医学的視点を再構成する中で打ち立てた独自の理論を、可能な限り平易に叙述してきたつもりだ。『自閉症論の原点』もまた、同じ方法論によって、独自性と平易さを堅持しえたと自負している。その意味で、本書は前著二冊の続編を構成することになる。

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