NR出版会40周年記念連載 書店の店頭から2
書店現場の未来像を考える
古田一晴さん(ちくさ正文館書店/愛知県名古屋市)
一〇年前の一九九九年夏、NR三〇周年を祝して知多半島の「まるは食堂旅館」で開催された合宿勉強会に、地元書店として参加させていただいたことがあった。その際、「かつてより書店独自企画のブックフェアが減り、出版社連合、オプション付きのブックフェアが多くなってしまっている」というお話をした。ここ数年は「検索」批判を言い続けている。検索やデータに頼り、接客を疎かにするケースが当店でも日常で、厳重に注意をしている。即効性のある処方箋は思いつかない。図書目録の引き方も知らないアルバイトでも、検索の仕方だけは即マスターする。売場担当も注意をしない。瞬時に画面に結果が出たことを、自分の努力と思い違いしているように見られる。そのくせ、店頭で積極的に探そうとしない。使用法を間違えていることに気付かせるよう、指導することが書店の接客環境の悪化の歯止めになる。もっとも、本を熟知している店員がサブとして検索を利用すれば、有用であることは前提として。
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本屋共通の悩み。せっかくやる気ある新入社員が入社しても、かつてより営業時間が長くなり、受け持ちジャンルも多く、店員同士で情報交換する時間も乏しい。他店との交流も少ないという。「書店員のすすめる××本」が大はやりなのは、その代償行為だとする説は理解できる。誤解を恐れずに言えば、受け持ちジャンルが多いのは、それだけ直接に受け持つ、近接、遠接ジャンルを知る絶好のチャンスである。もちろん、専門家の意見を直接聞くことで得られる内容の深さとは差がある。しかし、自力で掘り下げなければ、本当の力は身につかない。
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私が勤務する書店は、伝統的に店長で現場を兼ねるのが当たり前である。大型店が稀な時代に、一八〇坪の売場の半分以上を人文書、文芸書で構成していた(学参、コミック、文具は近くの支店に在庫している)。掛け持ちが当たり前。解らないことだらけであった。年間出版点数が二万点台をキープしていた頃。
今回改めて、一九七七年の新泉社の図書目録を取り出してみた。巻末の常備店一覧を見ると、当店が中部地区で唯一、ゴチック表示(ほぼ全点在庫)になっていた。全く忘れていたわけだが、当店の環境は、私の入社以前にすでに完備されていて、私はそれを当然のようにして、日常仕事をしていたことになる。
経験を次世代に伝えることは重要。有害にならない経験だけを。私がすでに現場にいたときにはまだ生まれていなかった、今がスタートの若い可能性ある人たちと、現在の問題を共有化していけるか。また、同じ目線で、二〇〇九年型の書店をデザインしてゆくことを提案できるか。NR創立時の出版社の方々、もちろん現メンバーの方々も、同様な気持ちを持ち合わせていらっしゃると思う。
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当店の八月期の総合一位は、加藤陽子『それでも、日本人は「戦争」を選んだ』(朝日出版社)である。九月も引きつづき同ペース。
九月一四日に入荷した、竹内一正『グーグルが本を殺す』(飛鳥新社)をデジタル音痴なりに読んでみる。「企画や新人作家の発掘、「こいつは売れるんじゃないか」というカンを働かせること、これらは人間にしかできないアナログ的なことです」と著者は言う。だが、残念なことに書店の役割については全く触れられていなかった。出来上がった本を選択し、店頭に並べることは完全にアナログな作業である。書店の未来像に踏み込んでほしかった。
九月某日、「ウィリアム・ケントリッジ歩きながら歴史を考える そしてドローイングは動き始めた……」を京都国立近代美術館へ観にゆく(東京、広島巡回予定あり)。南アフリカ生まれ、日本初の個展。脱西欧中心主義を前面に、木炭とパステルのドローイングを一コマ撮り、三五ミリ(デジタル上映)アニメーションに強い感銘を受ける。会場に釘付け状態になる。モーレツな知的刺激をうける。プリミティブで大胆なタッチで表現的なわかりやすさが、デジタル社会批判の有効な成功例を可能にしている。私は芸術書の担当でもあるから、ケントリッジの画集を注文。思わぬ発見であった。
同日、ギャラリーテラで開催中の「hands響きあう手」に立ち寄る。大友良英と竹紙作家・菅野今竹生の初コラボレーションを小林正が映像化展示。竹紙を漉く音と大友のギターを再編集。ピュアーな世界を体現。数時間前のケントリッジ体験が体内でゆっくり中和される。
大友さんについては、昨年、山口情報芸術センターで開催された「大友良英 ENSEMBLES展」にも訪れたが、そのチラシにこうあった。
「鼓膜と発音源の間になんの空間もない音楽のあり方ではなく、空間やノイズをもう一度とりもどすこと」
いまの書店の現場が忘れてしまっているものと重なると思うのは、私だけだろうか。
ちくさ正文館書店の古田さんには、NR出版協同組合の時代に発行していた季刊誌『えぬ・あーる』の1993年5月号に一筆寄せていただいたこともありました。(事務局・天摩くらら)
(「NR出版会新刊重版情報」2009年11月号掲載)