2010.08.02 up 


NR出版会40周年記念連載 書店の店頭から8
書店員の目利き
佐野衛さん(東京堂書店本店/東京都千代田区)


 書店では日々入荷する本を展示して販売する。入荷する本というのは、あらかじめ発注しておいたもの、パターンで配本されたもの、そして店頭で売れたものの補充などがある。前の二つは大方が新刊で、この展示場所ははじめからない。したがって新刊台のほかの書籍をはずして置くよりない。なにをはずすかが問題だ。それと同時に関連の書棚にも差し込まなければならない。ここでも棚がもともと余っているわけではないので、何かをはずして入れなければならない。これらの選定がなかなか面倒ではかどらない。

 現在では単品管理が進んでいて、ほとんどの書店では個々の売り上げ履歴を参照にしながら売り上げのないものやあまりよくないものをはじき出すという手法をとっている。しかしそうした途端、書評に載ったりするのだ。あるいはその本の問い合わせを受けたりする。ほかに返品期限付きの書籍もあり、期限が迫ると返品してしまう。そうしないと買い切りになってしまうからだ。同じような手法をとっていると、ある本についてはどの書店からも一斉に消えてしまうことになる。問い合わせを受けるのはどの書店にもないので、読者は次々と書店に問い合わせをかけてくるということになる。だから返品してしまった本を偶然聞かれたのではなく、どこにもないので必然的に問い合わせを受けるということである。それにもかまわず売れる本を売ればいいという手法が売り上げを伸ばすということであろう。しかし出版界の売り上げは落ちる一方で、ついに2兆円を切るということになった。それはアマゾンなどネットでの売り上げを含んでのことだ。リアル書店はますます苦しいのが現状だ。

 よく売れる本というのはどの書店員でも大体わかっている。後はそれを切らさないように補充する手腕と力量を持っているかにかかっている。問題は先に挙げたような返品対象品目に対してどのように対応するかだ。そのことは結局なにをどの程度注文するかという問題にも通じてくることになる。つまり、新刊で売れる本の見分けをどのようにしてつけるのかということである。売れる作家、話題の作家というのは大体わかるし、『このミステリーはすごい!』とかを見れば大体の見当はつく。こうしてリアル書店にはどこに行っても同じような本が並ぶことになる。販売の管理体制をタイトにすると行き着くところは効率になり、同じ結論になるので同じ本屋が出来上がる。このことは問い合わせの応対にもかかわる。各書店で検索機を持っているので、問い合わせを受けるとパソコンにしがみつく。ただし新刊については日々の入荷に伴い移動が激しいことからロケーションの入力が追いつかないので、リアルタイム的には書店員の記憶にかかってくる。

 ものの受け取り方にはいくつかあるが、必要なもの、そうでないもの、好きなもの、そうでないもの、良いもの、良くないものといった感じだろう。必要なもの、好きなもの、良いものの三要素が揃えば理想であろう。しかし必要なもので、好きでないものというものもある。本の場合には、必要だけれども読むのに苦労するというのがある。しかしよく理解しようとしてそれがある程度かなうと、その達成感はいうにおよばず、社会観を見直すきっかけにもなる。それが読書をもうひとつ引き上げるきっかけにもなる。良くなってくるのである。やがて難しい本も読めるようになる。しかし、今は読者に限らず、出版社でもわかりやすさを優先させるため著者も正確な表現を逃してしまう。要するに、自分のレベルに合わない本を敬遠してしまうので、いつまでたっても上達しない。同じジャンルの中での多様性、あるいは過激さといったものになってしまう。それは一概に読者のせいともいえない。出版社も売れるものだけに目を奪われた結果ではないのか。冒険をしなくなったのではなかろうか。

 そうならばジャンルにかかわらず、時代を超えて今も読み継がれている古典的なものはどうしても置いておきたい。それが時代の転換にかかわってきたものだからだ。古典は時代遅れだという認識は誤解だと思う。時代は古典のヴァリエーション的な要因を多分に持っているからだ。現代社会にとって欠かせない情報機能の基本は数学や科学であるのに、社会問題ばかりに関心が向かうが、こうした理学書も置く必要がある。究極の言語作品としての詩のコーナーも必要だ。こうしてみると私が返品したがらない本というのも大体見当がつく。古典やそのヴァリエーション的な本で、現状に対して立ち向かい、打開策を目指しているようなものということになる。例えば、ニーチェやジョイスの本は出版された当時、ほとんど注目されなかった。それを出した出版社はすごいと思う。売った本屋ももちろんだ。ラッセルは言った。世界を変える思想は確率的に一番低いのだと。今の本屋は確率的に低い順から考えもなく返品してしまうのだ。


東京堂書店は今年で創業120年の老舗書店です。NR加盟社も、本店6階で出版トークイベントを行なわせていただくこともあります。本紙に載せる写真を撮りにうかがった際、腕まくりをして本を大切そうに扱う佐野店長の姿に、本だけではなくその著者や版元に対する、そしてこれから本を手にする読者に対する誠実さを感じました。(事務局・天摩くらら)

(「NR出版会新刊重版情報」2010年5月号掲載)

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