NR出版会40周年記念連載 書店の店頭から9
仕事をしていてよかったと思えるように
山森悟さん(三省堂書店法政大学売店/東京都千代田区)
─NR出版会四〇周年を記念して、これまで長年にわたりお世話になってきた街の書店さんや地域の書店さんのお話を聞く連載を続けてきました。記念連載を締めくくるにあたり、今日は、法政大学前の政文堂書店さんで四〇年間お世話になり続けてきた山森店長のお話をぜひ伺いたいと思い、お願いにあがりました。
残念ながら、政文堂書店さんは昨年の春に閉店し、長年の歴史に幕を閉じられましたが、山森さんは政文堂の業務提携先だった三省堂書店の大学内売店の店長として、引き続き私どもの本を扱っていただいています。
山森 政文堂は先代の社長が戦前に創業し、二代目の佐藤文昭が頑張って屋号を守ってきましたが、二代目ももう七〇歳を過ぎました。二代目が、自分がまだ元気でいるうちに、と数年前から三省堂との業務提携を始めたのですが、大学内売店は三省堂に引き継ぎ、いずれ本店を閉めることは既定路線でした。昔のように、暖簾分けができる時代ではなくなりましたしね。
─街の書店さんがどんどん減っていくのは、本当に残念です。
山森 先生方にもずいぶん言われました。「なんでやめちゃったの」って。申し訳ないです。大学の前に一軒くらいあってもよかったのですが。
─中小出版社の本もきちんと品揃えしてくださる、歴史ある書店さんの存在は、私たちにとって非常に心強いものでした。NRは一九六九年に「NRの会」として発足し、翌年の春から「現代思想選書」という共同セットの出荷を始めましたが、当時の「朝日ジャーナル」に出稿した第一回共同広告を見ると、現代思想選書の常備店一覧にすでに政文堂書店の名前があります。
山森 これは市村さんが店長だったときに申し込んだんだと思います。私より一カ月先に入社した先輩で、すでに他店で書店経験もあった人で、政文堂には三、四年ぐらいおられました。市村さんがお辞めになった後、私が店長になりました。彼とは今でもときどき会いますよ。
─山森さんが政文堂に入社されたのはいつ頃ですか。
山森 一九六九年です。当時は学生運動の活発な時期でしたね。
─NRの設立とまったく同じ年だったんですね! 当時のNRは、学生運動の流れを汲んだ独立不羈の“ベンチャー”出版社の集まりでした。初期の頃から四〇年間、よくNRの本を置き続け、支え続けてくださいました。
山森 政治運動に直接関わっていたわけではありませんが、既存の組織に属さない、無党派の革新系出版社の本を応援したいという気持ちはありました。
─先日、返品整理をしておりましたら、古い在庫本に政文堂の常備スリップが挟まっていました。これは八二年度の常備ですね。ちゃんと回転している……。
山森 この当時は、まだ本が売れていましたね。昔は学生がよく本を買っていましたが、今では教員の方ばかりです。学生と教員の本を買う比率が逆転してきたのは、二〇年くらい前からでしょうか。それから、品揃えを少しずつ変えてきました。
─NRの新刊重版情報に毎月欠かさず返信してくださり、こまめにご注文をいただいていますが、売れ行きはいかがですか?
山森 売れる期待をするというよりも、必要な本だと思うから、注文しています。NRの本は主食にはならないけれども、棚にはやはりピリッとしたものを置かないといけないと思いますから。主食は、うちの場合だと有斐閣やみすず書房などの本ですが、それだけだとダメなんです。NRの本は、味付けに必要なスパイスです。
─今のお店は大学内の売店ですが、限られたスペースのなかで、丹精込めて一つひとつ苗を田んぼに植えるように、山森さんが丁寧に棚づくりをされていることがとてもよくわかります。並んでいる本の表情がいきいきとしていますから。アナログなやり方でやっておられる街の書店さんならではの、職人技を感じます。
山森 本屋というのは、やっぱり機械的ではないところがおもしろいと思いますよ。ある時期になると、棚を変えたくなったり、そういったことを積み重ねていく。そこが本屋のおもしろいところです。この本を買ってくれる人はあまりいないかもしれないけれど、一、二冊は入れておこう、そして、それが売れることがうれしい。専門書は五冊、一〇冊仕入れるなんて滅多にありません。多くて二、三冊しか入れられない。でも、あの先生が買ってくださるだろう、と想定して経験的に仕入れていくものですからね。
─棚を通してのお客さんとのコミュニケーションがきちんと成立していると、店頭を拝見していて感じます。こういう街の書店さんがどんどん減ってきているのは寂しいかぎりですが、最後に、これから出版・書店業界で頑張っていこうとしている若い世代へのメッセージをいただけないでしょうか。
山森 悲観的にならず、日々の仕事のなかから生きがいを見つけてほしいと思います。こんな時代ですから、倒産など万が一のことが起こるかもしれないけれど、それでもとにかく仕事を毎日楽しく続けて、自分のなかで仕事をしていてよかったと思えるようになればいいのではないでしょうか。あなたの仕事を、あなたが作った棚や本を、見てくれている人が必ずいます。そういう人たちを思い浮かべながら、頑張って続けていってほしいと思います。
インタビュー:安喜(新泉社)+天摩(事務局)
山森さんのお話をうかがったのは、教科書の準備で忙しくなる3月下旬、ちょうど法政大学の卒業式の日でした。インタビューの最後のほうでは、山森さんの言葉が沁みてきて、聞き書きをしながら涙をこらえるのに必死でした。なお、40周年記念連載は今月号でひとまず終了し、8月号からふたたび、書店さんの声をご紹介する新連載をスタートします。(事務局・天摩くらら)
(「NR出版会新刊重版情報」2010年6月号掲載)