医療という暴力にどう向きあうか 

氷川 剛 
(『医者に復讐せよ!』風媒社刊 ¥1,700-(税別)著者、
メディカル・リテラシー代表)

 ときおり新聞に掲載される医療事故。「どうして、このようなことが起こるのだろうか」――。私たちは医療事故が起こるたびに、そう心の中に不安を募らせる。しかし時が来れば、またその不安を忘れ去る。「事件が起きる」、そして「忘れる」、そして「事件が起きる」。一体どうしてこのような連鎖が起きているのでしょうか。


 暴力とそれを支える忘却の連鎖は明治維新に始まった医療文化の構築が原因であると、拙著で私は口にしています。先日も、「眠い」という当直医の理由で、たった五歳の男児の命が失なわれる事件が起きました。この事件もいつかは忘れ去られるでしょう。


 この事件が他人事であったように、医師は、彼らが患者のために生きる人間であるとする信奉を、患者の側に作り出しています。不安を忘れようとする私たちの権力に対する心の脆弱性、そして自らの権力を肯定する医療界の体質が、糸ぐるまの両輪として、この日本の医療文化をつむいでいるのではないでしょうか。


 自分にはそのような事件が起きないと信じたい人々にとって、拙著の中には目を覆いたくなるような事件が収められていると感じられるでしょう。また三部の断章として収められた小説も、あまり気分の良い物ではないでしょう。しかし、読み通していただければそれらは、単なるセンセーショナルな事件ではなく、私たちの日常で起きていることだと解り、自分たちが「忘れようとしている」ことであると思い出せることでしょう。


 そして、拙著に出てくる愚かな医療界の姿を見たとき、単に自分が医師に抑圧される「奴隷」のような存在なのではなく、信じるべきでないものを信じ続けることにより、自ら奴隷となることを選択したのであるということに気づかれるでしょう。


 医療文化とは決して医師たちのものではありません。治療される者のためにあるはずです。それゆえに我々は、文化の担い手として被害者や加害者でありつづけるのです。そして、その苦痛と不条理を忘れ続けるということにより、次の世代に相続させようとしている「医療文化の主体者」であるということに気づかなければなりません。

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