2007.06.21.up


新泉社新刊
2007年6月30日発売

フリーダ・カーロ
〜歌い聴いた音楽〜

上野清士 著
四六判変型上製・280ページ
定価2000円+税
ISBN978-4-7877-0710-9




       写真提供:田中順子氏

「伝説の画家が生きたメキシコ」−−。
怪我と病いと闘いながら絵筆をとり続けたフリーダ・カーロ。
メキシコ革命後の激動期に、ディエゴ・リベラ、レオン・トロツキー、イサム・ノグチ……、20世紀を象徴する男たちと恋を重ねた生涯を、同時代のメキシコの息づかいを、フリーダが歌い聴いた音楽とともに描き出す。生誕100周年記念出版!



生誕100周年を前に、『フリーダ・カーロ 〜歌い聴いた音楽〜
上野清士


 メキシコにルイス・ミゲルという歌手がいる、と書くとルイス・ファンに怒られそうだが、ラテン・ポップス界を代表する若き実力者だ。現在、30代半ばだが、10代のうちから制作されたアルバムの大半が日本でもリリースされている。リッキー・マーティンもかなわないラテン歌謡のロマンチズムを象徴する歌手である。
 近年、ルイスが取り組んでいるシリーズに「ロマンセ」というものがある。40〜60年代、メキシコを中心にヒットした往年の名曲に、ルイス調の解釈と新しいアレンジで甦らせた野心的な試みだが、その歌の多くがフリーダ・カーロの日常に、生活の場に流れていた。あるいは、彼女の愛の日々を奏でる通奏低音になっていたメロディでもあった。
 フリーダは歌を通じて、われわれの時代とつながっている。ルイス・ミゲルの教養に、フリーダが生きた時代の芸術運動の波濤はきっちりと咀嚼されたカタチで注入している。
          *
 筆者はメキシコ市に7年間、フリーダ・カーロが生まれ育ったコヨアカン地区に住んでいた。アステカ時代にはナワトル系先住民の石職人、石彫の匠たちが住んでいたところだ。
 フリーダが生まれ育ち、そして死んだ“青い館”は、散歩コースの道すがらにあった。といって、その館に始終、入っていたわけではない。日本から友人が来た時とか、取材のために入館したぐらいで、両手の指で足りるぐらいだろう。
 小さな子ども連れだと、日本に限らずメキシコでも美術館は入りづらい。“青い館”は特に、フリーダの涙や血が染み込んでいるような家具調度が手にとるような場に置かれている。〈生きた場〉がある時、停止したままに固着した施設なのだ。フリーダの強い意思で静止した状態を、不用意に動かすわけにはいかないのだ。であってみれば、親としては鑑賞より、子の監視の方を優先せざるをえない。というわけで気軽には入れなかった。
 そう、そこは、フリーダの面影があまりにも強く、息苦しさすら覚える場であった。彼女の死を受け入れたベッドはそのまま在る。オカルト趣味があるわけではないが、霊魂がたゆたっている、そんな気配すら覚えていたのだ。
          *
 この6月13日から、メキシコ市でこれまでで最大規模のフリーダ・カーロ回顧展が国立芸術院ではじまった。名古屋の美術館が所蔵する小品2点も里帰りした。“青い館”からも相当数、出品されているはずだ。生家に不釣合いな「作品」や「資料」が出て、さらにフリーダ生前の気配が強くなっているように思う。
 回顧展は7月6日に生誕百年を迎える慶祝行事だが、結果的に、そのフィエスタに筆者も参列することになった。誕生日を前にささやかな評伝を書いたのだ。ただし、これまで邦訳も含め数点ある評伝とは趣向はまったくちがうことを強調しておきたい。
 冒頭にも書いたが、フリーダが歌い聴いたことが明らかなラテン歌謡の名作の多くは、彼女が生きて苦闘していた時代に生まれている。その多くは、メキシコ人ならわが身の体臭となるほど人口に膾炙したものばかりだ。そうした歌謡、俗謡を語り部に、少女時代から絶え間ない肉体的苦痛と闘いながら絵筆をとり、恋することをやめなかった短い生涯を綴ったものだ。
 何故、そんな評伝を書いたかって……、メキシコに限らずラテンの風土はたえまくアコーステックな音が鳴り響いている大地だから。音楽は酸素であり、生きるためのビタミン剤。標高2400メートルの薄い空気を活気づけるには音楽が必要なのだ。その主成分を明らかにしない評伝はないだろうとメキシコで暮らすあいだ思いつづけていたのだ。
 フリーダが絵筆を握っていた時代のメキシコには忘れがたい女たちの表現活動もあった。画家ばかりでなく、歌手、写真家、そして舞踏家……、同時代のメキシコの大気を感じてもらうために多くの脇役も登場させている。
 執筆しながら机のまわりにおいた資料の山に、筆者の子どもたちの写真も加えた。母の日と父の日恒例の学芸会で民族衣装で歌い踊る子どもたちの姿。それはフリーダの少女時代に生きていた歌や踊りを、そのまま引き継いでいるものだった。わが家にとってフリーダは隣人であったのだ。 (2007年6月)

 


[目次より]

1 フリーダが歌い聴いた音楽

カラベラ / ラ・サンドゥンガ / ラ・ジョローナ(泣き女) / ラス・マニャニータス / ラ・クカラチャ / ラ・アデリータ / ポル・ウン・アモール(それは愛のため) / ラ・テキレェーラ / ラ・バンバ / ソラメンテ・ウナ・ベス / ふたたび、「ポル・ウン・アモール」 / ふたたび、「ラ・ジョローナ」 / インターナショナル / ふたたび、「ラス・マニャニータス」/ ビバ・ラ・ビダ


2 フリーダが生きたメキシコ
イサム・ノグチと恋と壁画と / レタブロとフリーダ 〜血の真実、そして奉納画の世界〜 / リラ・ダウンズ 〜テワンテペック地峡の気流をとらえた歌姫〜 / 愛と革命に生きた写真家ティナ・モドッティ / エドワード・ウェストン 〜メキシコの写真アートに影響を与えた米国の写真家〜 / マヌエル・アルバレス・ブラボ、100年の仕事 / グラシエラ・イトゥルビーデ『フチタンの女たち』の生命力 / 早すぎる成熟 マリア・イスキエルド 〜ラテンアメリカの女の宿命を描ききって〜 / レメディオス・バロ 〜虚構のなかの冷たい幻想〜 / アマリア・エルナンデスと国立民族舞踏団 / メキシコ大地の華麗なる舞い 〜メキシコ国立民族舞踊団〜 / 〈嫉妬〉の心傷としての絵画 〜フリーダ生誕100周年に際して〜




*好評既刊

『メキシコ時代のトロツキー 1937-1940
小倉英敬著

四六判上製・384ページ
定価3000円+税
ISBN978-4-7877-0701-7
新泉社



 

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