NR出版会連載企画 本を届ける仕事6
故郷いわきで書店員になるということ
八巻明日香さん(鹿島ブックセンター/福島県いわき市)
人文書を担当するようになって、四年目を迎えます。まだお尻に殻のついたようなペーぺー書店員の私が、「書店員の何たるか」など、とうてい語ることができるはずがありません。原稿のお話をいただいたときは内心冷や汗が止まりませんでしたが、「震災から今日までの体験談を」と仰っていただいたので、それに従って振り返ってみようと思います。
もうすぐ七年を迎える、あの日。私は東京都内の百貨店の地下一階で、パティスリーの販売員としてホワイトデー商戦の真っ只中にいました。地震が起こった瞬間、店内に山と詰みあげられた菓子箱が一斉に崩れ落下……ということにはなりませんでしたが、なにぶん古い建物でしたので、壁に亀裂が入ったことを覚えています。しかし、その時はまさか東日本全体が悲惨な状態に陥っているとは誰も考えが及ばず、店内でそのまま買い物を続けるお客様の姿すら見受けられました。
やがて、ニュースで深刻な事態を知らされるにつけ、いわきに住む両親の安否が気にかかりましたが、電話はいつまでたっても繋がらず、連絡をとることは叶いませんでした。夜になっても電車は止まったまま、帰宅もできませんでしたので、百貨店の休憩室に流れるテレビ中継を横目に、両親の携帯電話に電話を掛け続けました。しかし、目に飛び込んでくる悲惨な映像の数々はあまりに非現実的で、どこか遠い国の出来事のようにすら感じていたように思います。
その後、両親とは連絡がとれ、無事を確認することができましたが、余震がなかなか収まらず、心配なので夜は車で寝ていること、父が営むとんかつ店は中がぐちゃぐちゃで、再開の目途はまったく立たないことなどを知らされました。
私の職場は地震から二日ほどで営業を再開。とはいえ、物流が混乱している状態で、ケーキなどの生菓子は工場で作って店舗に運ぶことができないので、本社からの指示は、「お店にあるものをとにかく売ってくれ」ということでした。
世間が大変な状態で販売をしても、パンなどの食料品と違い、嗜好品であるお菓子を買いにくるお客様などもちろんわずかです。それでも、「必要に迫られて来店されるお客様がいる以上、店としてできることはしなければ」という思いで普段通りに店頭に立ち続けました。
しかし、そうして日常を少しずつ取り戻してゆくなかで、いわきにいる両親の苦境と自分の状況との乖離を思うと心が痛みました。目の前の仕事にばかり追われて、まったく両親の役に立てていない自分が、とてつもなく親不孝な人でなしになったようで、自己嫌悪に苛まれたのです。
やがて、両親の生活も安定し、とんかつ店も再開することができましたが、私の心の中で、いつかはいわきの両親のもとに帰ろうと思う気持ちが次第に強くなっていきました。何か辛いこと、苦しいことが起こったとき、私では足手まといになるばかりかもしれません。それでも、そばにいて一緒に悲しむこと、苦しむことができるだけでも、意味があるのではないか、と思ったのです。
そして震災から三年後の春、一〇年間続けた仕事を退職し、いわきに戻りました。本が好き、という気持ちだけを武器に、まったく未経験のまま鹿島ブックセンターに再就職。想像とはあまりにかけ離れた仕事のハードさに面食らいながら、今も悪戦苦闘の日々を過ごしています。毎年、震災関係の出版物の案内が増えてくると、「もうすぐ三月がくるんだなぁ」としみじみ感じるようになりました。
風化させてはいけないと思いながらも、この数年間のうちに、震災をすでに過去のこととして捉えてしまっている自分に気づき、己の薄情さに嫌気がさしたこともあります。けれど、いわきに戻り、いわきの書店の現場で働くなかで出会った同僚(当時)と一年前に結婚し、お腹に新しい命を授かることができた今、いわきに住む書店員として、また母として、未来に何が残せるだろうかと考えています。
当店には、ご高齢のお客様も多く来店されます。「耳もよく聞こえないし、腰が悪いので立っているのも辛い」という方も珍しくありません。そんな時は、前職での接客経験が大いに役に立ちます。
コミュニケーションを円滑にするために、お客様の話にじっくり耳を傾けること、そして、大きな声ではっきりと話すこと。基本的なことですが、お客様に安心してお買い物をしていただくために、私が一番大切にしていることです。そうやってお客様の傍らに寄り添い、本を探すお手伝いをできることが、地域に根付いた書店で働く醍醐味ではないでしょうか。
店内を駆け回るあわただしい日々のなか、ふとそんなことを考えたりしています。
八巻さんを人文書担当者として育ててきた上司の鈴木順子さんは、「結婚して子どもが生まれても、安心して長く働いてもらえる環境を整えたい」としきりにおっしゃっています。書店員として長く働き、家族を育て上げてこられた鈴木さんの言葉から、スタッフへの心遣い、地域に愛されるお店のありようが伝わります。大切に紡いできた日常が、震災と原発事故によって壊されかけてから7年。変わってしまったことも変わらないことも抱えて前を向く八巻さんが、どれだけいわきの人たちに必要とされているか、ひしと感じました。(事務局・天摩)
(「NR出版会新刊重版情報」2018年2・3月号掲載)