2023.5.22 up 






NR出版会連載企画 
本を届ける仕事31
 「良い本に出会いたい」という気持ちを引き出す
久禮亮太さん(フラヌール書店/東京都品川区


 この三月に、品川区西五反田でフラヌール書店を開業しました。お店は一五坪と小規模ですが、できるだけ幅広いジャンル、多くの出版社の書籍を調達し、それをバランスよく凝縮した品揃えを目指しています。

 この紙面に寄稿するのは二度目で、なんと一一年ぶり。二〇一二年当時はあゆみBOOKS小石川店で店長をしていました。二〇一四年に退社した後「フリーランス書店員」として、複数の書店を掛け持ちで、実地で棚作りをしつつ各店のスタッフさんを指導する仕事をしていました。この実務コンサルタントの傍ら、昨年から自分の店を構える準備を始めました。現在は他社へのコンサルティングと自店の経営の二つをおもな仕事としています。

 フラヌール書店の開業までには半年かかりました。その間、内装や書棚のほぼすべてを自作するという我ながら呆れるような大仕事をしていました。その顛末や費用のことなどはお店と私個人のSNSや、出版社苦楽堂のウェブサイト、『本の雑誌』六月号、文芸創作誌『ウィッチンケア』一三号に書きましたので、チェックしていただけると嬉しく思います。ここではオープンから一ヶ月の売れ方をレポートします。

 店舗は道路に面した一階で、間口が約五メートル、奥行きが約一〇メートルの長方形。左右の壁いっぱいに書棚、フロアの中央に島平台が二台という構成です。在庫は約五〇〇〇冊で、そのうち書籍単行本が四〇〇〇、文庫と新書を合わせて一〇〇〇、雑誌はまだ取り扱いを始めていません。そのほか、二坪ほどの小部屋を作り、ギャラリーとして展示企画をおこなっています。

 開店した三月七日から月をまたいで四週間の売上は一九〇万円でした。開業前に第一段階の目標としていた月商二〇〇万円には届きませんでしたが、大きく下回ることがなくホッとしています。とはいえ、ここには新規開業へのご祝儀特需も含まれていて、これからしばらくは下がっていくことかと思います。それに対して、より多くのお客様に早くお店の存在を知っていただいて売上を底上げしてくことに取り組んでいるところです。

 客単価が二九〇〇円と高いことが売れ方の特徴です。一般的な小規模店の平均値は一三〇〇円ほどで、その二倍以上あります。在庫のほとんどが単行本なので高くて当然ですし、あえてそれを狙っているのですが、それでもこの結果に驚きます。安くはない本を二冊以上、ときには五冊、六冊とまとめ買いする方々を日々目の当たりにするのはとても刺激的です。オープンしたばかりで話題のセレクトショップだから、遠方から本好き、本屋好きが集まってくるからそうなるんじゃないのかと思われるかもしれません。その要素もやはりありますが、ご近所にお住まいの方が買ってくださった割合が予想よりも多いと感じます。

 お店は駅周辺の飲食店街から離れた住宅街にあるため、小さなお子さんを連れて歩いて来店する近隣のご家族が多く、児童書がよく売れます。子どもが読む児童書と合わせて親が自分のために買う本をレジで見ていると、実に多様で面白いのです。ママだから料理やお片付けの実用書、パパだからビジネス書といった紋切り型の捉え方はたいてい裏切られます。あるときは抱っこ紐でお昼寝する月齢数ヶ月の赤ちゃんを抱えたお母さんが幼児絵本の『もぐもぐもぐ』(よねづゆうすけ著、講談社)と一緒に『実践 日々のアナキズム』(ジェームズ・C・スコット著、岩波書店)を買ってくださり、またあるときはスーツ姿で会社帰りのパパが『炒めもの』(ウー・ウェン著、高橋書店)と『花ごよみ三六五日』(雨宮ゆか著、誠文堂新光社)という装丁の美しい二冊と、その小学生の娘さんが『段ボールで作る! 動く、飛ぶ、遊ぶ工作』(ジョナサン・アドルフ著、オーム社)を買ってくださいました。

 政治学、人類学の泰斗スコットを読むママさんは、いったいどんなキャリアを中断して子育てしているのだろう。楽ではない家事育児の隙間時間でこの本に取り組むほどの読み手だとしたら、どんな品揃えで次のご来店に備えておこう。そういった想像は楽しく、日常業務に追われて気忙しい中で一歩踏み込んだ売り場作りをする原動力になります。

 ここに挙げた例ほど特徴的なケースでなくても、皆さんのお店でもお客様の人物像への想像を掻き立てるような買い方が日々のレジ接客やジャーナル・データの中に眠っているのではないでしょうか。お客様の買い方から何を読み解き、それをどのように発注や売り場作りにつなげるか、その手法については拙著『スリップの技法』(苦楽堂)にこれでもかと詳細に書きましたので、ぜひご一読ください。

 いやいや、チェーン書店の現場はそんな丁寧な品揃えなんてできる状況ではないよというお声も聞こえてきそうです。アドバイザーとして私が毎月訪問している書店の中にも、書籍のジャンル担当者は置かず、アルバイトさんが代わる代わる棚補充しているだけという現場があります。同じような状況のお店も多いことでしょう。この新刊案内を読んでいる方々は、そんな書店業界の流れの中でも人文書の新刊情報や売り場作りのヒントを求めている、現状に疲れてはいるけれどより良い書店作りを諦めてはいない書店員なのだろうと思います。私はそんな皆さんとなら誰とでも、本を売る具体的な手法やアイディアを交換していきたいと考えています。いつでもお店やSNSで声をかけてください。

 フラヌール書店が目指しているのは、見過ごしがちな既刊ロングセラーをより多く掘り起こし、その本を「買う価値がある」とお客様が感じる演出をすることです。演出といっても、アイテム数を絞り込み、最低限の陳列意図が伝わる文脈を平積みで表現し、什器や壁紙を楽しげな雰囲気にしただけです。それだけでも、お客様がもともと持っている「何か良い本に出会いたい」という気持ちを引き出すことができていると実感します。

 雑誌を含む現在の書店売上全体を伸ばすウルトラCはなくても、より長く求められる本を必要とするお客様に確実に買っていただく、その仕事はまだまだ伸ばせると信じています。ぜひご一緒に取り組んでいきましょう。



居心地のいい店内で時間を忘れて棚や平台を眺めていると、気になる本があれもこれも目につきます。どのお客さんも楽しそうに熱心に棚を眺め、買った本を抱えてうれしそうに帰っていかれます。閉店後には、娘さんが採用したという2 匹のアルバイトさんがお仕事する姿をガラス越しに見られるのもまた魅力で、お店のSNS をチェックするのが毎晩の楽しみになりました。(事務局・天摩)

(「NR出版会新刊重版情報」2023年5・6月号掲載)

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