NR出版会連載企画 本を届ける仕事35
これからの書店員のみなさんに
鈴木慎二さん(元書店員/静岡県熱海市)
二〇年と四カ月働いた書店をいろいろな事情から退職して、一年になりました。
仕事に就いた二〇年前と、この「NR出版会新刊重版情報」に前回執筆させていただいた一三年前との一番の違いとして、二一世紀生まれの新卒の人たち(オンラインが日常で、オフラインが非日常という世代)が、これからの書店の明日を担う時代を迎えたことが大きいでしょう。何かひとつのことを調べる時に、足や手間という形よりも、速度と量という形が日常になりました。動画の製作やSNSなどの発信で世間やマスコミの注目を集めることは、誰にでも、携帯電話(スマートフォン)があれば容易です。現場に立っている書店員は、モノ(本・雑誌)よりも情報(インターネット)を所有する世代が職場や主要な客層を占めることを前提としておかないと、二〇世紀生まれの世代(在職時の私など)は仕事を続けられないし、再雇用も困難でしょう。
ただ、速度と量には負の面が伴うことを、これからの書店員に自覚してほしいという思いはあります。SNSでのフェイクニュース(もちろん報道管制もあって新聞やテレビでは流れない情報がSNS上だけにあがっている場合もある)や、オンライン上でのトラブルが急増している背景は、時代についていけないにもかかわらず、乗り遅れたくない世代を煽動している感は否めません。例えば、国民健康保険証という八〇年以上機能してきたシステムを、マイナンバーカード(平たくいえば監視証)を普及させるために、三年程度で全廃するという政策の見返りとしての二万円(のポイント付与)に人々が殺到した情況に疑問を感じないようだと、後に禍根を残すかもしれません(先日の能登の震災でもさっそく問題がありました)。
仕事から一年離れていることもあって、目に入ってくることばかり書いてしまいましたが、在職時に私が店で担当していた人文書(売上はたいしたことなく棚も減っていましたが、人文・社会、経済、科学、芸術〔音楽・映画〕)は、委託入荷や事前注文書で大まかな内容がわかることもありますが、まず実物を見る、あるいは見に行くことが棚づくりの近道です。一番は、読者として購入する経済力と読了する時間があれば良いですが、それがなければ配本のない本やその関連本をほかの新刊書店や古本屋の棚で背表紙を見たり、巻末にある参考文献と人名索引をパラパラめくって頭の片隅に入れておくだけでも、かなり違ってきます。
どうして図書館で探したり読んだりはしないのかと疑問に思われる方も多いはずです。自分が関心を寄せる本を図書館がすぐに必ず仕入れてくれるということは、体験上あまりありません。売り物という前提を持っておく必要があるからです。しかし、これはもともと人文書の知識が皆無に近かった人間が突貫で人文書の棚をある程度の形にするためにとった手段にすぎません。人文専攻の大学院生と同等レベルの知識のある書店員であれば、こんなことは必要ないでしょう。新刊の見落としがないかを確認し、他店の棚を見学するだけで充分です。
今、棚を見学に行くならナショナルチェーンの旗艦店レベルの棚は最低でも月に一度は見ること。自分の店の棚に落としこむ選書をつねに考えることが大事です。そして、独立系書店の棚、単店で注目される店にも時間があれば足を運んでほしいです。二〇二三年に閉店した七五書店、定有堂書店、ちくさ正文館本店の棚から学んだといえる若手の書店員が、新たな人文棚をつくってくれれば、今後の業界に希望を見出せそうです。
人文書の明日を担う書店員に期待しているのは、「知識人」(エドワード・サイードが定義した、亡命者、異邦人、アマチュア)のための棚をつくってほしいということです。斜陽(衰退)業界に入ってくる珍人(変人?)なのだから、業界の皆様は大切にしてあげてほしいです。
私? 春以降に東京近郊に転居予定なので、まずは後方支援(フェアや棚の選書)なら、お問い合わせがあれば何なりとお手伝いさせていただきます。
鈴木さんには本紙2011年3月号の一面特集に「試行錯誤の日々」を執筆していただきました。他店とはひと味もふた味も違う品揃えを意識し、お客さんを惹きつける仕掛けが満載の人文棚は、まさに文化の発信地でした。書店を離れた今もなお、足を動かし本や業界の情報を熱心に集め続ける鈴木さん。いつかまたあの棚を、と個人的に期待してしまいます。(事務局・天摩)
(「NR出版会新刊重版情報」2024年4・5月号掲載)