NR出版会連載企画 
本を届ける仕事37
国会図書館デジタル化資料送信サービスはこれでいいのか
高須次郎さん(日本出版著作権協会代表理事/緑風出版代表


▼国立国会図書館の「個人向けデジタル化資料送信サービス」とは
 国立国会図書館の「個人向けデジタル化資料送信サービス(個人送信)」が二〇二二年五月から始まった。同館のデジタル化資料約三四三万点のうち、絶版等の理由で入手が困難なもの約一八四万点に、事前登録した利用者自身の端末(パソコン、タブレット)等を用いて同館のウェブサイトで検索・閲覧できるサービスである。二〇二三年一月からは、複製(プリントアウト)サービスも始まった。非営利無料の条件でディスプレイなどを用いて公衆に見せること(公の伝達)もできるので、講義・会議などでの利用も可能である。そして、今年二〇二四年は、二月までの「除外手続」を経て、四月末には一挙に二六万点の資料が追加された。

 それまでは「国会図書館の図書館向けデジタル化資料送信サービス(図書館送信)」が二〇一四年一月から始まっていて、サービス参加館に設置された特定端末から、登録利用者が館内で利用していた。

 コロナ禍で国会図書館や公共図書館等の休館が続き研究環境が悪化しているとの理由≠ゥら、このサービスが国会図書館から直接個人向けに拡張された。二〇二一年六月の「著作権法の一部改正」により可能となったサービスである。コロナ禍の緊急避難的対策であれば、時限的な措置にすべきなのに、そうはならなかった。約一八四万点が入手困難資料(二〇二三年三月現在)となり、図書館・個人送信の対象となっている。うち図書は一九九五年までに納本されたもの八五万点である。利用状況を見ると二〇二二年六月時点ですでに二〇万三二六三件、今年に入ってからはさらに利用が増えていることが想定される。

 利用者からみれば国会図書館や図書館に出向くことなく、自宅や研究室などから無料で利用できる。ちょっと古い本を本屋や古書店に出向くことなくタダで読めるのだから、歓迎もされよう。しかし一方で、本を売って生業を立てている人びと、著者や出版社、書店、古書店は、真綿で首を絞められるように影響が出てきている。このサービスをめぐって現場では今さまざまなトラブルが起きている。図書館の意義を評価しても、なおこうしたサービスがどこまで是認されるかを、今一度立ち止まって考える必要があるのではないか。


▼除外でトラブルに
 国立国会図書館の「個人向けデジタル化資料送信サービス」は、「資料デジタル化及び利用に係る関係者協議会」(一四名のうち出版社団体代表は日本書籍出版協会〔書協〕を含め二名)との間で合意した「国立国会図書館のデジタル化資料の図書館等への限定送信に関する合意事項」に基づいて行っているとのことだが、われわれには知らされておらず蚊帳の外である。その合意によると「送信対象資料は、国立国会図書館のデジタル化資料のうち、入手困難な資料とする。入手困難な資料とは、流通在庫(出版者、書店等の市場)がなく、かつ商業的に電子配信されていない等、一般的に図書館等において購入が困難である資料とする。ただし、オンデマンド出版されている資料及び電子書籍として流通している資料は、現に商業的に流通している事実を踏まえ、入手可能なものとして扱う」という。著作権保護期間内であるかどうかに関係なく送信対象となる。古書店や新古書店で入手できても、まったく考慮されない。今どき「入手困難な資料」などあまりないのに、流通の対象を新刊に限定しているところも問題である。

 本や雑誌でも、漫画・絵本、商業出版社の雑誌などは「電子書籍市場に及ぼす影響に鑑み」対象外である。もっぱら大手版元に関係するものはチャッカリ除外されている。


▼非民主主義的なオプトアウト方式
 入手困難な資料がどう選ばれるのか。送信対象になるまでの手続きは、毎年、デジタル化資料を@「入手可能性調査」で、「民間の出版情報のデータベースを機械的に突合し、入手可能なものを送信対象から除外」(国会図書館ウェブサイト)。「@で送信候補とした資料の一覧を『送信候補資料リスト』として公表し」(七月)、「七月から十一月にかけて送信開始前に除外申出を受け付け」、申出がなかった出版物が「入手困難な資料」とされ翌年一月頃から送信される。すでに送信中の資料は、通年で除外申出もできる。

 「送信候補資料リスト」は国会図書館ウェブサイトで公表されるので、出版社は毎年アクセスし除外申出をすればいいと言うが、直接リストが送られてくるわけではないので、忘れたら配信されてしまう。

 国会図書館は受入資料三四三万点をすでにデジタル化資料にしていて、一九九五年までに納本された書籍のうち約八五万点を入手困難資料=送信対象資料としている。しかし現実には出版社の販売中の本が大量に送信対象資料となっている。何でこうなっているのかと国会図書館担当者に説明に来てもらうと、昨二〇二三年九月段階では、入手可能性調査を実際にはやっていないということが分かった。これからやると約束はしたが、杜撰としか言いようがない。

 びっくりした出版社が国会図書館に除外申請をしてもトラブルが多い。品切れ本の再版の場合、除外できるはずだが「おおむね三カ月を目安として流通予定であることを公開情報により確認した場合」となっていて、それを掲載した公開情報の提示を求められ、それができなければ一方的に公開されてしまう。加えて、窓口の官僚的対応にも苦情が絶えない。

 三カ月間品切のものを、無条件かつ一方的に公開しようとすることは、書店の機能を否定するにも等しい。とりわけ専門書版元は、一時的に品切になり重版したくても、市場に在庫があったりして、そう簡単には重版に踏み込めない。時間をかけ、読者や書店の声による需要の高まりがあってこそようやく重版できるのだ。三カ月という短い期限で版元「一時品切」を勝手に「絶版」とみなすことは、非常に大きな問題である。

 もともとグーグル図書館プロジェクト問題(二〇〇九年)の時に話題となったオプトアウト方式に本質的問題がある。グーグルは図書館プロジェクトのリストに著者・出版社のほとんどの本(日本の本もそうだった)をリストアップして、参加したくないものは期限までにオプトアウト=離脱を申し入れよ、そうでなければ参加となるという一方的なものだ。このやり方を国会図書館は真似しているのである。出版社に納本義務で納本させておいて、保存を名目にスキャンしてこんなやり方で送信するのだから、出版社とのトラブルが絶えない。非民主主義的なオプトアウト方式を直ちにオプトイン(同意を表明しない限りは公開されない)方式に改めるべきである。


▼JPCAに加入すれば送信対象資料から自動的に除外
 一方で「当該資料又は同内容の著作物の著作権が著作権等管理事業者により管理されている場合」(同館ウェブサイト)は、除外される。文化庁の登録事業者は二九業者で、出版社団体では筆者が代表の日本出版著作権協会(JPCA)と書協系の出版者著作権管理機構(JCOPY)だけだ。JPCAに既刊書籍の管理を委託すれば、個別の出版社は一点ずつの面倒くさい除外手続をすることなく、送信対象資料から自動的に除外されるので、自衛手段として手っ取り早い。国会図書館との会談でこのことは保障されている。ぐちゃぐちゃやるよりその方が省エネなので、加入する出版社も増えている。

 資料デジタル化計画では二〇二五年中に、二〇〇〇年まで刊行された図書がすべてデジタル化され、それらも遠からず配信対象とされよう。こうしたサービスの普及とともに、本は買うものからより安く買うものを飛び越えて、タダで借りるものへと変質している。自宅にいながら、である。これが著者や出版社、書店などに計り知れない脅威となっている。出版社の財産権の侵害は見過ごせないのはもちろんのこと、これまで書店であたりまえに流通していた書籍を死に至らしめるものである。

 このように様々な問題が起きている以上、改めて先の合意も含め「デジタル化資料送信サービス」を、一度立ち止まって議論をやり直すべきである。

 書協は合意した手前、動かないかもしれない。日本出版者協議会(出版協)も会員からの苦情で制度の運用面に注文をつけるが、表立っての抗議活動は控えめである。こんな甘いことで済むのだろうか?

 出版の崩壊の要因は様々あるが、国会図書館のデジタル化資料送信もそのひとつといえる。累々とした出版社の骸の上に図書館の使命をかざす国会図書館がどう読者にサービスするというのか。出版社もそろそろ腹を括る必要があろう。

 今後とも事態が変わらないのであれば、納本制度に協力する積極的理由はないと考え、われわれは全国の出版社へ、納本制度への非協力を呼びかけるつもりである。(七月二六日)



「国会図書館デジタルコレクション」が充実した背景にあるデジタル化資料送信サービスをめぐるさまざまな問題は、一般にはほとんど周知されていません。日本出版著作権協会は、昨2023年5月に声明「国会図書館のデジタル化事業について―ここで一旦立ち止まるべきである、と考える」を発表しました。いま一度、国会図書館が果たす役割を問い直す必要があります。(事務局・天摩)

(「NR出版会新刊重版情報」2024年9・10月号掲載)

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