NR出版会連載企画 本を届ける仕事42
印刷所のしごと
池田 薫さん(萩原印刷/東京都文京区)
こちらを読んでいらっしゃる皆さまは、本が好きな方、あるいは本に関係するお仕事をしている方々かと思います。
そんな皆さまにお聞きします。印刷所のお仕事についてどう思われますか?
特になにも……、もしくは、印刷しているだけでしょ? というのが一般的かと思います。
ただ印刷しているだけ。確かにそうです。きれいに印刷されているのがデフォルトなのです。なので、私自身、「乱丁・落丁があればお取替えします」という記載はあれど、乱丁・落丁、はたまた盛大な汚れや文章のヌケがある本にプライベートでは出会ったことがありません。あくまで、《プライベートでは……》、です。
印刷所で働いていると、印刷から製本までを含めて、何もない月はないのでは? と思うくらい、いろいろな事件、事故が発生します。
文字組のミスや、印刷不良、製本時のミス、配送ミスであわや配本(取次会社経由で全国の書店に本を届ける)ができないかもしれない、という事態になったこともあります。
そういった連絡がくるたびに、ヒヤリどころか冷や汗だらだらで、血の気の引く思いをしています……。
「本」は、著者が執筆をして、編集者と二人三脚で内容を推敲し、デザイナーさんが本文や装丁を素敵に設計することで生まれてきます。最初はただの文字の羅列だった原稿やデータを指定どおりに配置(組版)をして、何度も朱字を直しながら、あるいは色の確認を行いながら、最終的なデータを作成していき、印刷→製本を経て、唯一無二の一冊となります。
印刷所は、「指定の紙に指定の色味や濃度で、個体差を出すことなく、問題ない状態で印刷を終える」ことが主な任務となります。が、これがなかなか難しいのです。
たとえば、装丁やカラー本。まずはテスト印刷で色を確認して、色が理想どおりでなければデータ上で補正をして、再度校正をとって、また補正をして……と何度か繰り返し、納得のいく色になってから本番を迎えます。ですが、校正の機械とインク、本番の機械とインクも、間でどうしても差異が生じるので、ピッタリと合わせることが難しい場合があります。
そこをうまく理想どおりの印刷を行うのが、「職人の腕の見せ所」です。機械の操作を見ても、何をどうやって調整しているのかサッパリわかりません。
テスト印刷と本番の印刷での色合わせで終わりではなく、ものすごいスピード(一時間に何千枚)で印刷をする間に、どうしても色がずれていってしまうのを、理想の色味となるように微調整をしながら印刷を行うのも大事な仕事です。
それならば、本文は黒一色だから簡単か、というとそういうわけにはいきません。
本文印刷は黒(墨=スミと呼びます)一色ですが、模造紙より大きい紙一枚につき両面で、A5判の本で三二頁、四六判の本で六四頁、文庫になると一二八頁と、びっしりとページが並んだ状態のものを印刷していきます(カラー本は、一枚の紙に表紙やカバーなら三〜四部分を並べて印刷となります)。
こちらもすごいスピード(一〇分で千枚)で紙が流れていくため、印刷中に汚れや色ムラ、ズレのないように微調整や、油とインクと紙粉まみれになりながらこまめに掃除をしながら印刷を進めていきます。
それでも汚れが出たり、紙が折れてしまったり(膨大な量を手積みしています)、色が合わなかったり、はたまた製本でトラブルがあった際には、残念ながら印刷のやり直しとなります……。
それまで印刷した分がすべて廃棄となるので、SDGsに反してしまうことにはなるのですが、汚れた本や読みにくい本を好き好んで買う人はいないので、そこは致し方ないですね。
機械の力と人の手を介しているので、印刷も製本も作業中の落とし穴はありますが、現場では、数々の過去にあった失敗の対策をして、ミスの見落としのないように細心の注意を払いながら、様々な工程を経て、ビシッとした「本」となって完璧な状態で出来上がっていきます。
(印刷機の仕組みを説明すると長くなりますので、皆様にはインターネットで「輪転機」「書籍の印刷機」「本の面付」などを検索して頂けるとありがたいです。また、平たい紙がベルトコンペアを流れながらどんどん立体化して「本」になる過程はなかなか面白いので、「製本」というのもぜひ調べていただければと思います。)
現在、用紙代や配本代、印刷・製本の資材代などすべてのものが値上がりをしていて、さらに紙の本を買う人の減少により、本作りも以前に比べてかなり厳しくなっています。
それでも、ただの文字の羅列だった著者の思いを、なんとか形にしたい、素敵な本を届けたい、という思いでたくさんの人間と無骨かつ繊細ないくつもの機械が携わった結果、みなさまの手元に存在しているということを、お手に取る際に少しだけ思い出していただけると嬉しいです。
今回は、NR加盟社がお世話になっている池田さんに、なかなか覗くことのできない本が出来上がるまでの裏側をご寄稿いただきました。私たちが乱丁・落丁本を滅多に手に取ることがないのは、印刷所の皆さんの丁寧なお仕事の賜物なのだと納得しました。紙の本がますます愛おしくなり、表紙をなでながらニンマリしてしまうのは、きっと私だけではないはず!(事務局・天摩)
(「NR出版会新刊重版情報」2026年1・2月号掲載)