NR出版会連載企画 NR版元代表インタビュー6
一日も出荷を休まず、旧社から新社に切り替えた
柘植書房新社(代表 上浦英俊氏)
――九州大ではどんな青春時代を過ごされたのですか?
入学したのは一九七一年で、まだ当時は学生の活動家がいっぱいいた。セクトもいろいろいたし、公害研究やってるのもいたし、アナーキスト研究会もいた。年に何回か学費値上げ反対のストライキをやってた。
学生の雰囲気がガラッと変わったのは七二年の連合赤軍の事件以降だね。以来、大学でビラを撒いても受け取ってくれなくなったものな。幻滅したんだろうね。学生時代の柘植書房の本との縁は、『わんがうまりあ沖縄』(一九七二年)という富村順一さんの獄中手記だった。友達と「沖縄問題研究会」というのをやっていて、彼の支援運動なんかをやってた。当時はまさか柘植書房に入るとは思わなかったけれどね。柘植書房の営業の人から求人を聞いたのが一九七九年で、入ったのが一九八〇年だったかな。
――編集として入ったんですか?
ゲラを見たり、書店に営業に入ったり、何でもやったよ。編集助手、営業助手、経理助手、取次への請求業務もやらされたので、それが後々になって役立ったね。
――新社の立ち上げは一九九六年ですね。
もう一八年か。長くなったね。九六年の春に二度目の不渡り手形を出して柘植書房(旧社)は任意整理になった。旧社の口座は倒産状態なので一旦凍結して、受け皿ができて、新刊が出たら旧社の売掛金を新口座が入金する。そのお金を弁護士に渡して、債権者に分配されるという手順だった。
――どうして新社を引き受けたんですか?
旧社が潰れるってわかっていたから、その整理だけやろうと思っていたんだけど、そういうわけにもいかなくてねぇ。債権回収のためにも、新社でやってくれないかと大口債権者の印刷所に頼まれた。旧社で取締役とか肩書きが付いていると経営責任を問われるので、新社の受け皿にはなれない。私は一般の社員だったから。
――新社というのは、新しく取引口座を作るということなんですか? それとも古い口座の凍結を解除するということなんですか?
亡き小汀良久さん(新泉社創業者、NR設立メンバー)に相談したところ、「社名変更と社長変更で何とかなるんじゃないか」って話だったんだ。旧社の債務、債権を切り離して、口座だけは生き残るというのを考えていたんだけど、取次会社の取引条件が若干切り下げられた。昔は条件をそのまま移行することもよくあったらしいんだけどね。ちょうどそういうのが厳しくなった頃だったんだな。出荷は一日も休まなかった。新しい事務所を旧社から二〜三分のところに借りて、引っ越しをして、新社の看板にして。口座にお金が入るまで食いつなぎながら。よくやったよね。でも、面白かったよ(笑)。
――ロングセラーの一つである『第四の生き方』なんかは今も動いてますか。いまはアサーティブに関する類書もたくさん出てきてますが、一番の先駆けですよね。
『アサーティブネスのすすめ』(一九九一年)というのを旧社で出していたんだよね。著者のアン・ディクソンが来て講演なんかしたり、生活クラブ生協で売ってもらって、この頃で七〜八〇〇〇部は売れてたんじゃないかな。普及させるためにも翻訳を直したいという声があって、新社になってから『第四の生き方』(一九九八年)として出し直した。確かに初版は日本語も古くて、特にセクシャルな問題というのは一部カットしてあったりした。新しい世代の人たちにしてみれば、きちんと自分たちで翻訳し直して出したいというのもわかる。二度出して大丈夫かなぁと思ったけど、それでも版は続いているね。新旧トータルすると結構売れてるんじゃないかな。
――宮台真司氏と上野千鶴子氏の対談による『買売春解体新書』(一九九九年)もありますね。
これは大阪でのシンポジウムを本にしたいという女性グループの団体から話が来て、そういうのは旧社時代からの蓄積なのかもしれないね。過去の出版物を見て、ここだったら当たりがいいんじゃないかということで話が持ち込まれる。取引のなかでは切れていても、読者のなかでは繋がっているんだよね。そういう意味でイメージは大きいし、そういう人が運動やネットワークを持っていて、本を出したいという話がくる。
――『トロツキー著作集』って完結してないんですか?
全部で一一巻あって、それを二二分冊で出す予定なんだけど、まだ一六巻だね。半世紀経って訳者も世代交代して、中心人物はまだ編集委員にいるけど、最後の巻の頃には電子書籍になっているかもしれないよね。旧社も新社もトロツキー著作集は出そうという意志を引き継いでいるんだよ。でも、あと二〇年くらいかかるんじゃないの?(笑)
――出版社の経営ってピンチの連続ですよね……。
まぁ、波瀾万丈よ。いろんなことがあったけど、面白かったと思うよ。どれも新しい経験だから、好奇心は忘れないようにしないとね(笑)。
上浦さんから聞いたお話のなかで、大変なときにこそ「面白かったよ」と振り返って笑ってらっしゃるので、その忍耐強さに何度も頭が下がりました。ほかにも、Amazonの問題や電子書籍についてお話をうかがったのですが、紙幅の関係で割愛せざるを得なかったのが残念です。本の積み上がった柘植さんの事務所にうかがうと、いつも3人であたたかく迎えてくれます。(事務局・小泉)
(「NR出版会新刊重版情報」2014年6月号掲載)