2005.05.25.up/ last update 2006.06.30


「レイラ・ザーナ」
新泉社新刊 2005年12月10日発売
クルド学叢書
レイラ・ザーナ ――クルド人女性国会議員の闘い
中川喜与志、大倉幸宏、武田歩/編
(寄稿=ファイサル・ダール、イスマイル・ベシクチ)
 定価2800円+税


   民主化の旗手か、テロリストか?
                  
中川喜与志(クルド学研究者)

 広く「東西文明の十字路」として知られる国、トルコ。その首都アンカラの中央刑務所に10年の長きにわたり1人のクルド人女性が投獄されていた。元トルコ議会の議員。2004年にようやく釈放されたレイラ・ザーナ(Leyla Zana)である。

 レイラは1980年代末から90年代初頭にかけて、トルコ政界に彗星のごとく登場し、クルド民族の若きヒロインとなった人物である。1991年、トルコ議会総選挙に同国東部のクルド人居住地域(クルディスタン)から立候補し、30歳という若さで当選。トルコの歴史にクルド人初の女性議員が誕生した。そして議員就任式の際、レイラはトルコ語で議員宣誓を行った後、数語のクルド語を発する――「私は民主主義の枠組みの中でクルド人とトルコ人が平和裏に生きるべく闘う」「クルド人とトルコ人の兄弟愛に万歳!」。トルコの神聖なる議会において初めてクルド語で「クルド民族の存在」が公然と主張された瞬間だった。合法的に選出された国会議員レイラがその議員特権を剥奪され、投獄され、10年間にわたり獄窓に閉じ込められる出来事の発端となったのが、この宣誓式事件である。

 トルコでは、1923年の共和国建国以来、一貫してクルド民族の存在そのものが否定されてきた。トルコのクルド人は「少数民族」ですらない。それゆえ、レイラの行為とは不可分の国土と国民からなる共和国を破壊する分離主義テロリズムそのものだった。かくしてレイラは「テロ組織のメンバー」という容疑で起訴され、禁固15年の有罪判決を受け、投獄される。

 一方、トルコは中東イスラーム世界で最も近代化が進み、民主主義が定着している国とされる。トルコ政府自身もすべてのトルコ国民が法のもとでの平等が保障されていると強調する。自由と平等が保障された民主主義国家だ、と。だが、クルド人という民族存在の主張はテロリズムだとする、トルコ流民主主義。

 レイラ投獄とは、じつは、クルド人という民族存在の認知を求め、民族的権利を要求する声が獄に閉じ込めた事件なのである。しかし、獄中のレイラという存在は、皮肉なことにトルコの伝統的なクルド人政策を揺さぶり、欧州連合(EU)からのトルコへの民主化圧力を強める最大の要因となった。

 本書『レイラ・ザーナ』は、欧州では広く知られるが日本ではほとんど報じられることのなかった、このレイラ投獄事件を多角的、多面的に検証するものである。レイラ投獄と暗黒裁判の経緯、レイラの半生記、レイラ本人の獄中書簡、また気鋭のクルド人映像作家ファイサル・ダール、クルド研究の草分け的存在にしてやはり長く獄中にあったトルコ人社会学者イスマイル・ベシクチの寄稿等で構成される。レイラの獄中からの発言の数々は、民主主義とは何か、少数民族問題とは何か、クルド人問題とは何か、テロリズムとは何か……についての私たちの怠惰な理解、認識を根底からくつがえしてくれる。

新泉社担当編集より
 編集、制作に2年以上の歳月を費やしましたが、いよいよ出版の運びとなりました。レイラ・ザーナという1人の象徴的人物を通して、トルコ社会においてクルド人のおかれてきた状況をきわめて複眼的、立体的に把握できる内容です。また、封建的なクルド社会のもとで小学校にも通えず、親の強制により15歳で結婚させられた1人の女性の闘いの半生を知る読み物としても、読みごたえ充分の内容であると自負しています。小社では、本書を皮切りに、クルド学研究のさまざまな成果を日本社会に問う「クルド学叢書」を継続刊行していく予定です。販売へのご理解とご支援を賜りますよう、よろしくお願い申し上げます。(安喜)



クルド人問題を知るNR出版会の本


クルディスタン=多国間植民地  柘植書房新社、1994年
イスマイル・ベシクチ/著、中川喜与志・高田郁子/編訳
¥4500+税


クルディスタンを訪ねて  新泉社、2003年
松浦範子/文・写真
¥2300+税


クルド人のまち  新泉社、2008年
松浦範子/文・写真
¥2300+税


新月の夜が明けるとき  新泉社、2003年
中島由佳利
¥2200+税


クルド民族  亜紀書房、1991年 
S.C.ペレティエ/著、前田耕一/訳
¥2330+税


今日も病院に銃弾の雨が降る
  亜紀書房、1999年 
鈴木崇生
¥1800+税


匿されしアジア  風媒社、1998年    
アジアプレス・インターナショナル/編
¥2000+税


来て見てシリア  凱風社、1998年
 清水紘子
¥1900+税

 『レイラ・ザーナ』関連サイト 

・「クルド学叢書」第1弾『レイラ・ザーナ』プレスリリース(NR出版会)
 http://www006.upp.so-net.ne.jp/Nrs/memo0600.html

・『レイラ・ザーナ』内容紹介(クルドを知る会)
 http://ameblo.jp/rojbas/entry-10013091237.html

・磯部加代子氏「民主主義を映し出す鏡」(クルド人問題研究)
 http://www1.odn.ne.jp/~cbq97680/interview.htm

・Kayoko isobe, <Demokrasiyi yansitan ayna; Leyla Zana>
 (Yeni Harman, 1 Ocak 2006)
 http://www1.odn.ne.jp/~cbq97680/YeniHaman.htm


 

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