凱風社  「ビキニ」は何を問いつづけているのか 

2006.04.18..up 



1954年3月1日、ビキニ環礁で行われた水爆実験「ブラボー・ショット」
(米国立公文書館所蔵、高橋博子収集・提供)


 「ビキニ」は何を問いつづけているのか 

 60年余り前、水爆ブラボーの閃光が南太平洋マーシャル諸島の上空を切り裂いた。そして、たまたまビキニ環礁の近くにいた日本のマグロ漁船「第五福竜丸」が死の灰を浴びて被災した船員を乗せて焼津港に戻ってきた。以来、日本では大国の核実験に反対する声があがり(原水禁運動)、放射能汚染の脅威が徐々に世界に知られていったわけだが、もし「第五福竜丸」がその海域で操業していなかったら、実験の事実も、マーシャル諸島で生活していた人々の汚染実態も長い間、隠されていたにちがいない。

 しかし、本当の核被災の実態は米国の核抑止政策のなかで今日に至るまで隠蔽されつづけている。70年代から、この問題の先駆者(前田哲男、島田興生、豊崎博光氏など)による報告でマーシャル島民のヒバクの深刻さは明らかにされ、本も出版されてきたが、この、気鋭の若手研究者による本書は、公開されたぼう大な資料を駆使して健康被害だけにとどまらない核被害の実相を一層追究しようとしたものである。

 じつは、「第五福竜丸事件」が起こった年代を答える設問が前回の大学入試センター試験に登場した。その設問の文脈をみるかぎり、「第五福竜丸事件」はもはや過去の出来事として扱われていた。確かにビキニも福竜丸も、非当事者(設問者)にとっては過去の出来事なのだろう。だが、ちょっと考えればわかることだが、ヒロシマ・ナガサキの国内外ヒバクシャも、福竜丸の核被災者も、マーシャル諸島の被害者も依然として存在しているし、時効なき核被災に苦しんでいるわけだから、歴史をちゃんと理解しているかどうか問う問題ならば、こうした設問の仕方はなかったはずである。「唯一の被爆国」(それは間違いだが)である日本でもヒバクの記憶がここまで風化してきたのだろうか。はたして正解を答えられた学生さんはどれほどいただろうか。

 歴史認識の欠如はこれらの歴史問題に限らない。「国家という幻想は記憶の改竄や消去に深くかかわることをもってその本質とするもの」(辺見庸氏)だから、「沖縄」「毒ガス」「慰安婦」「侵略戦争」「天皇の犯罪」などなど、国家犯罪に対する記憶は「戦後60年で歴史的な過誤はすべて時効になったがごとき言い草」(同)によってまったく別の記憶に塗り替えられてしまう。実際、権力による、またそれに追随する文化人、マスコミによって90年代から記憶の抹殺はどんどん進んでいる。

 その意味では本書は、そうした言い草に潜む欺瞞性に警鐘を鳴らす本としても読めると思う。「ローリーラプラプ」(大いなる海)の名によってカヌーで自在に行き来してきた珊瑚礁の島々は一時期、なすすべも無く日本の植民地統治下に置かれたが、日本の敗戦後、またしてもなすすべも無く、米国によって核実験の恰好の場とされてしまう。そこでは「〈核兵器と植民地支配〉が合体してつくりだした現代国家による権力犯罪」(前田哲男氏)が戦前とは形を変えて行われたことを示している。その犯罪行為をつぶさに検証すると、ニュークリアレイシズムともいうべき実態が見えてくる。ビキニ水爆実験は人体実験ではなかったか?

 実験の邪魔になるからとされて、珊瑚礁の島民が別の島にまるごと強制的に移住させられた事実は、沖縄戦直後に沖縄人が軍事基地建設を進める米国によって銃剣とブルドーザーで沖縄島内のあちこちに追いやられた事実と重なる。そしてマーシャルおよび第五福竜丸の被災問題は、日米権力が結託して行なった経済的補償によって「完全決着」とされるが、そのやり方も「日本国憲法」「対日平和条約」の埒外(今もたいして変わりない)に置いて進められた(今もたいして変わりない)沖縄という周縁に対する日米のアメムチ国家政策と見事に符号する。

 本書は、狭義でいえば、健康被害にとどまらないグローバルで時効なき核被災の恐ろしさを検証した研究論文集ではあるが、「核という人類最悪の発見・発明」に今後どう向き合っていったらいいのか、イラク戦争、MD計画、国民保護法案にも当たり前のように登場する核兵器開発・核抑止論にどう抗したらいいのか、というテーマに横断的な読み方を提供する一般書でもある。図らずも、住民訴訟によって3月24日に「原発運転、初の差し止め」(金沢地裁、北陸電力志賀原発運転差し止め訴訟)の判決が下された。原発停止を選択した市民の判断がそのまま「生き方・生活の仕方」の見直しに直結することはないにしても、核の「平和」利用に再検討を迫る「声」が大きくなることに期待したい。

 本書はなかなか売れない核関連書の一つであるが、幸い2刷の運びとなった。将来ある若い人たちにぜひ読んでいただきたい1冊である。(小木章男)

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隠されたヒバクシャ
検証=裁きなきビキニ水爆被災

前田哲男/監修
グローバルヒバクシャ研究会/編著
ISBN 4-7736-2909-6  3,000円+税
凱風社

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NR関連書 「ヒバク」


〈新装増補版〉ヒロシマを持ちかえった人々
市場淳子 2,800円+税 ISBN 4-7736-2908-8
凱風社


韓国のヒロシマ村・陜川
織井青吾 2,600円+税 ISBN 4-7845-0282-3
社会評論社


原子爆弾は語り続ける
織井青吾 2,300円+税 ISBN 4-7845-1448-1
社会評論社


ヒロシマレクイエム
大橋 弘 1,600円+税 ISBN 4-8331-1065-2
風媒社


被爆二世の問いかけ
全国被爆二世団体連絡協議会、原水爆禁止日本国民会議/編
1,500円+税 ISBN 4-7877-0111-8

新泉社


原爆、そして戦後
野村英二 2,330円+税 ISBN 4-7505-9306-0
亜紀書房


米軍占領下の原爆調査
笹本征男 3,700円+税 ISBN 4-915924-65-3
新幹社


僕のヒロシマノート
木原省治 2,200円+税 ISBN 4-8228-0599-9
七つ森書館


リトルボーイとファットマン
マッド・アマノ/パロディと文 2,200円+税 ISBN 4-8228-0503-4
七つ森書館


開かれた「パンドラの箱」と核廃絶へのたたかい
原水爆禁止日本国民会議/編 2,800円+税 ISBN 4-8228-0257-4
七つ森書館


核問題ハンドブック
和田長久、原水爆禁止日本国民会議/編 2,000円+税 ISBN 4-8228-0595-6
七つ森書館

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