2010.08.02 up 


NR出版会40周年記念連載 書店の店頭から6
フェアの発想力〈上〉
田中茂さん(島森書店大船店/神奈川県鎌倉市)
  

─現在、出版業界をとりまく環境はたいへん厳しい状況にあります。この連載企画は、そのようななかでも地域に根づいて頑張っておられる街の書店さん、地方の書店さんのお話を今、きちんとお聞きしたいということで続けてきました。今回、田中店長にぜひ伺いたいのは、街のなかの「普通の書店」でありつつ、非常に独創的な展開をされているブックフェアについてです。ある意味、当たり前であったはずのことができなくなっている環境のなかで、やり続けてこられた当事者の生の声をお聞かせいただければと。一四年前に逗子店から大船店に異動されて、その後に独自企画のフェアの取り組みを始めら
れたとのことですが、そのきっかけを教えてください。

田中 大船店にはもともとフェア台があったのですが、前任者は出版社がお仕着せで送ってくるセットをただ並べているだけでした。これではせっかくの場所があまりにもったいないと思って、この店の客層に合うものは何かということを考え始めました。出版社のセットものでも記録をしっかり取って分析したりと、二、三年は試行錯誤して、初めてやった独自フェアが「青い目が見た日本」です。最初は勇気が要りましたよ。店頭の一番目につくところでこんなことをやって大丈夫だろうかと。でも、いいじゃないか、入ってきたお客さんをびっくりさせたいというくらいの気持ちでやろうと。それで、いろんな本がいっぺんに集まって、フェア台全体を見ると何となくわかるけれども、この本の隣にこの本が置いてある理由がお客さんに伝わりにくいだろうという思いがあったので、「これを読んでもらえればわかりますよ」という解説冊子も作ってみようと思い立ったのです。

─普段は店に置いていないけれど、こんな面白い本がありますよ、とフェアで提示する場合、たいていはPOPを書いたりすると思うんですが、手書きで数十ページのカタログを作るというところにまで踏みこんじゃう人はちょっといないですよね。

田中 新刊などにはよくPOPを書きますけれども、フェアの一点一点に書くのはあまりにも煩雑だから、いっそのこと全部いっぺんに書いた解説書を作ったほうが安上がりだと思ったのが始まりですね。

─田中店長がお作りになる手書きの解説カタログは、どれも一冊の本以上の濃い内容に仕上がっています。例えば「本を、つくる人 売る人 買う人」フェアのカタログなんかは、奥付をつけて国会図書館に納本したほうがいいんじゃないかと。日本の出版文化のなかで後世に残る貴重な文献資料になるんじゃないかと思います。

田中 そう思います? よくわからないけど(笑)。だって作っている側は、きちんと本を読んでいるわけではなくてぱらぱらと見て。

─とはいっても、オビ、目次、まえがきやあとがきを全部お読みになって、中身もかなりの部分、あるいは全部読まれている本が相当量あることがわかります。

田中 いやいや、そんなに多くはないです。だけど、それをお客さんに勘づかれないように書くのが腕でして。いずれにせよ、自分の言葉で書くということにはこだわっています。それから、フェア期間中に出た新刊や新たに見つけた本を足したときは、追加分として一枚に刷ってはさみ込んでいます。これだけの商品を用意しましたよ、と言っていますけれども、なかには一冊しか仕入れていないものもありますし、売れても補充できないものもあります。でも、それはずっとカタログのなかに生きているんです。それはもう、こっちの面子です。これだけはとりあえず揃えたんだぞって。

─カタログを読んでいて思うのは、選書が本当に多岐にわたっていて、文庫や新書だけでなく、専門書から漫画まで幅広く。

田中 鎌倉のフェアをやったときなんかも、漫画も置いたんですよ。普段、こういうフェアのところに立ち止まって選ぶ人っていうのは、おじさんばっかりなんですが、女子高生みたいな人も買って行くんですね。

─戦記物のフェアで水木しげるや手塚治虫が入っていたりとか、漫画を織り交ぜることでフェアに広がりを持たせ、中高年の男性以外のお客さんにもアプローチができるという。

田中 そうですね。そのほうが楽しいでしょう? 棚を見てて、こんなのもあるんだという。フェアは結局、だんだんと先細りになっていってしまって、「ああ、また同じことをやってるんだ」くらいにしか思われなくなるので、毎年、別のテーマを決めてやることが大切ですね。

─「日本人の性」フェアのときも、少女漫画も並べるし、慰安婦問題の本だって置く。売れない本であっても、カタログ上は平等に並べるし、隅のほうであってもフェア台に並べる、と。

田中 少女漫画は社会のいろいろな問題に斬り込んでいるものも多いのでびっくりします。男性の作家ですと、政治問題であるとか国際問題のほうが得意のようなんですけれども、女性の漫画家はもっと日常的なことでそこに潜んでいる問題点をえぐり出すのが非常にうまいと思います。編集者もそういう点をよく勉強されていますね。

─あと、面白いのが、カタログのなかで出版社のコラムがリレー形式になっていたりして、ベレ出版の方が「新潮社は五万部を超えると革製の特装本を著者に謹呈するらしい」と書いたら次は新潮社が引き継いだりと、ある意味、雑誌的な作りをされていますよね。

田中 お客さんは出版界の内部事情を知らないから、関心を持ってもらえるんじゃないかなと思いまして。
─田中店長のカタログは、大船のミニメディアという感じがします。

田中 みなさんカタログのことばかり取り上げてくださるけれど、どちらかと言えば、実はもっと力を入れているのが、フェア終了後に出版社に配るレポートなんです。

─これも強力なメディアですよね。出版社の怠惰な仕事ぶりに対する痛烈なお叱りでもあり、とても勉強させられました。

田中 悪いところも、思ったことを全部書いたほうが出版社さんとしてはかえっていいんじゃないかな、と思ったんですよ。結果をただ出すだけでは何も見えてこない。だから、この本が何冊売れるということは、実はこの店ではすごいことなのだと書くこともあるし、思ったことは遠慮せず、素直に全部書く。出版社さんが反論したくなるようなことを、これは書店側の意見だよということで書くわけです。レポートは役に立つところで役立てばいい。ただ、これを見て、「う〜ん、そうか」で終わってしまう社と、そうでないところとは長い目で見たら差がつきますよ、ということです。(次号につづく)

インタビュー:安喜(新泉社)+天摩(事務局)


出版業界を取り巻く状況が厳しいなかでも、地元のお客さんに向けて独創的なテーマフェアを行なうなど、元気に頑張っておられる街の書店さん・島森書店大船店の田中店長のお話をおうかがいしました。フェアについてのお話を盛りだくさんお聞きしましたので、2回にわたってインタビュー記事を掲載します。次号もどうぞお楽しみに。(事務局・天摩くらら)

(「NR出版会新刊重版情報」2010年3月号掲載)

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